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横浜地方裁判所川崎支部 平成10年(ワ)200号 判決 1999年5月31日

主文

一  被告は原告に対し、二九九万三七八九円及びこれに対する平成六年七月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が一〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は原告に対し、三八八四万八五〇七円及びこれに対する平成六年七月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1 平成六年七月四日、午前八時四五分ころ、川崎市川崎区台町二五番三号先通路上(大師公園付近のT字型交差点、以下「本件交差点」という)において、大師公園沿いの直進道路を直進していた原告運転の原動機付自転車と、直進道路に直角で交差する路上から本件交差点に進入してきた乙山松子(以下「乙山」という)運転の自転車とが衝突する事故(以下「本件事故」という)が発生した。

2 右事故当時、本件交差点に車体の一部が入る形で、川崎市職員丙川太郎(以下「丙川」という)運転の川崎市環境局の塵芥車がごみ収集をするために停車していた。

二  争点

1 丙川の過失の存否及び本件事故との因果関係

(一) 原告の主張

丙川は、本件交差点の交通状況を注視し、適切な場所に塵芥車を駐停車すべき注意義務があるにもかかわらず、本件交差点に進入して違法もしくは不適切な駐停車を行った。この結果、原告及び乙山の運転につき死角が生じ、出会い頭に本件事故が発生したものである。従って、丙川の使用者である被告は、民法七一五条により使用者責任を負う。

(二) 被告の反論

丙川は川崎市環境局の職員として、住民により指定されたごみ集積場所に赴き、ごみを収集する行政サービスを行ったに過ぎないものであり、集積場所の横に停車して収集作業を行った丙川に何ら過失は認められない。ごみ集積場所は、住民により設置されたものであり、丙川は、これを収集するため、やむをえず極めて短時間だけ停車していたものである。また、塵芥車は作業中、大音量の音楽を流しながら周囲に注意信号を発していることは住民全てに周知の事実であること、後続車に対しても、低速度で走りながらハザード(非常点滅表示灯)を点灯して、その注意を喚起していること、川崎市の場合には、塵芥車は、毎日、定時に、定められたルートに従って運行されているのであって、このことも、原告を含めた住民周知の事実であること、塵芥車が停車していても他車の通行にとって十分な有効幅員が存在したことなどの事情があり、これらを総合すれば、丙川の停車が直ちに過失であるとは言えない。

また、本件事故の原因は、もっぱら原告及び乙山の前方注視義務違反等によるものであり、塵芥車の停車との間に相当因果関係は認められない。

2 損害額

(一) 原告の主張

本件事故の結果、原告は、脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、鎖骨骨折、上肋骨骨折、右鼓室内血液貯留等の傷害を負い、汐田病院に約二か月入院し、通院期間(その後新川橋病院等に受診)も約一年に及んだ。後遺症は労災(通勤災害)手続で障害等級四級と認定されている。なお、原告は、治療費及び休業補償は労災支給を受けており、残余の損害合計三八八四万八五〇七円について被告に請求する。

また、原告は労働者災害補償保険法(以下「労災法」という)により六二四万八六四〇円の保険給付を受けているが、これは社会保障的なものであり、損害賠償法理とは別体系であって、損益相殺されるべきでない。

(1) 通院交通費 七六万四九四〇円

(2) 入院雑費 一二万八七〇〇円 一日一三〇〇円として九九日分

(3) 逸失利益 一七〇三万四八六七円 原告は昭和一一年五月一日生(後遺症認定時六〇歳)であり、年収三二〇万円であった。就労可能年数を六〇歳から六七歳までの七年間とするとライプニッツ係数は五・七八六三、労働能力喪失率を九二パーセントとして計算すると逸失利益は右のとおりである。

(4) 慰謝料 一七四二万円

入通院慰謝料(入院二か月、通院一年) 一九二万円

後遺症慰謝料(四級) 一五五〇万円

(5) 弁護士費用 三五〇万円

(二) 被告の主張

損害額は不知。なお、原告は、労災法により六二四万八六四〇円の保険給付を受けているから、損益相殺されるべきである。

3 過失相殺

(一) 被告の主張

被告に責任があるとしても、原告には、スピード違反、前方注視義務違反、減速義務違反、一時停止義務違反の過失があるので、過失相殺されるべきである。

(二) 原告の反論

塵芥車は、そもそも本件交差点内に駐停車してごみ収集の作業を行ってはならないものであり、運転者の過失は故意または重大な過失として非難されるべきものである。これに対し、原告の過失は軽微なものにすぎない。

第三  判断

一  本件事故の状況について判断するに、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

1 本件交差点は、北東東門前方面から南西川中島方面に通ずる市道と南東国道一三二号方面から大師公園方面に通ずる市道がT字形に交わる交差点である。原告は、東門前方面から川中島方面に進行する途中、本件交差点に至った。また、乙山は、国道一三二号方面から大師公園方面に進行し、本件交差点に至った。本件交差点に信号機の設置はない。

2 原告進行方向道路は、歩車道の区別があり、車道の幅は約五・五メートルで、この北側に幅約六メートルの歩道(大師公園前)が、南側に幅約二・五メートルの歩道がある。最高速度三〇キロメートル、駐車禁止、一方通行と指定され、本件交差点入口に、横断歩道の白線が表示され、かつ横断歩道及び指定方向外進行禁止(直進のみ)の道路標識が設置されている。

3 乙山進行方向道路の幅は、約五・八メートルで、このうち東側幅約一・四メートルに路側帯が白線により区分されている。駐車禁止、一方通行と指定され、本件交差点入口に一時停止の白線が表示され、かつ一時停止及び指定方向外進行禁止(左折のみ)の道路標識が設置されている。一時停止の道路標識は約八〇メートル手前から確認できる。

4 本件事故当時、丙川運転の塵芥車は、本件交差点を原告と同方向の東から西へ時速一〇キロメートルくらいで進行し、本件交差点の南東側角付近に設置されていたごみ集積場所のごみを収集するため、東西方向の道路に沿って、本件交差点内に停車していた。ハザードランプを点灯し、作業を知らせる音楽を流していた。停車後、三、四秒くらいしたとき、まだ丙川が塵芥車から降りる前に本件事故が起こった。

5 原告進行方向手前部分から見ると、塵芥車は、道路前方左側に停車し、横断歩道の南側部分に塵芥車の後部部分が乗っているが、横断歩道の存在自体は相当手前から確認することができる。但し、左側に接している南北方向の通路の存在は、塵芥車、植栽、民家によって、見通しが阻害されている。

乙山進行方向手前部分から見ると、塵芥車は、道路前方右側の約半分を塞ぐ形で停車し、前方右半分の見通しが阻害されている。

6 乙山は、本件事故当時、大師診療所に出勤するために、自転車に乗って本件交差点に差しかかったものであり、普段から、本件交差点を横断してそのまま大師公園内にはいり、公園を横断して勤務先に通っていた。普通は、本件交差点右側の歩道に乗り上げて横断歩道を渡っていたが、本件事故当時は塵芥車が停車していたため、塵芥車の前部を回り込むような形で横断歩道に行こうとし、横断歩道上(横断歩道を渡り切る約一・三メートル手前)で原告車両と衝突した。乙山は、約五・四メートル飛ばされて、右手、鼻骨を骨折するなどの傷害を負い、自転車は、フロントフォーク曲損により前輪が取れ、車体、チェーンカバーが曲損した。原告車両は、前篭が曲損し、前泥よけが擦過するとともに青色付着が見られ、前照打カバーが割れ、左ブレーキレバーが折れた。また、現場には、原告進行方向から見て、右前方向に、原告車両によると思われる三・五メートルと四・三メートルの二本の擦過痕が印象されている。スリップ痕は認められない。

二  以上により検討するに、原告進行方向手前部分から見ると、横断歩道の存在は確認できており、塵芥車が横断歩道上にあって、その陰から歩行者または自転車が出てくるかもしれないことが予想できたから、原告は、停止線の直前で停止することができるような速度で進行しなければならなかったと言うべきであり、かつ、横断歩道上の塵芥車の右側を通過してその前方に出ようとしたのであるから、その前方に出る前に一時停止しなければならなかったと言うべきであるところ(道路交通法三八条)、原告はこれを怠り、塵芥車の陰から出てきた乙山車両と本件事故を生ぜしめたものであると認められ、原告に過失が認められる。また、乙山も、塵芥車により右側の見通しが妨げられているのであるから、横断にあたって徐行しなければならなかったと言うべきであるところ(同法四二条)、漫然と塵芥車の前を回り込んで本件事故を生ぜしめたものであると認められ、乙山にも過失が認められる。

一方、車両は、交差点、横断歩道においては、法令の規定若しくは警察官の命令により、又は危険を防止するため一時停止する場合のほか、停車し、又は駐車してはならないところ(同法四四条)、丙川は、ごみ収集のため、これに反して本件交差点及び横断歩道上に塵芥車を停車させ、このことにより、原告進行方向からの左側の見通しを妨げ、また、乙山進行方向からの右側の見通しを妨げるとともに、横断歩道通行者の妨げとなり、乙山を塵芥車の前部を回り込まざるを得ないようにさせて、原告から見て、一方通行違反の対向自転車がいきなり現れたかの状況を生ぜしめたものであるから、丙川にも、本件事故の発生につき、過失があったと言うべきであり、かつ、原告の傷害の結果発生との間に相当因果関係があったと言うべきである。

三  これに対し、被告は、丙川が、ごみ収集という行政サービスを行っていたこと等を理由として、丙川に過失がない旨の主張をするので、この点について検討するに、《証拠略》によれば、本件事故現場の交差点角付近のごみ集積場所は、遅くとも昭和六二年九月には本件事故当時の場所にあり、丙川は、交差点内に停車することになることが不適切であることは認識していたが、上司に上申するなどのことはしていなかったこと、本件事故後、原告の夫が、大師生活環境事業所の所長や臨港警察署の副署長らに対し、集積場所の移設を強く申し入れ、事故から一週間か一〇日くらいしてから、集積場所が移設になり、交差点内に停車せずに作業ができるようになったが、その後、川崎市の担当者が住民と協議を重ね、最終的には、平成七年二月ころに、丙川も了承したところで移設が完了したこと、以上を認めることができる。

そうすると、丙川が、一存で集積場所を変更することが出来ない状況のもとで、不適切な場所であることを認識していながらも、ごみ収集を続けざるを得なかった事情は認められる。しかしながら、そうであるからと言って、これが、交通事故により傷害を負った原告との関係で、免責されるような事情であるとまでは認められない。

但し、ハザードランプの点灯や音楽を鳴らしているなど、ごみ収集作業中であることが容易にわかるような状況であったことは、一般車両が漫然と交差点内に停車しているよりは、過失の程度において低いと見るべき事情として考慮すべきである。

四  以上によれば、丙川には、本件事故につき過失が認められ、原告と丙川との間の過失割合は、原告において九、丙川において一と認めるのが相当である。従って、丙川の使用者である被告は、右丙川の責任の限度において、原告に対する責任を負う。

五  次に、原告の損害について判断するに、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

1 原告は、本件事故により、脳挫傷、外傷性くも膜下出血、左鎖骨骨折、左肋骨骨折、右鼓室内血液貯留の傷害を受け、脳神経外科に平成六年七月四日から同年九月二四日まで(八三日間)と、平成七年一月一〇日から同月二五日まで(一六日間)入院し、また、この間あるいはその後平成八年一二月一六日まで(実通院日数三三日間)と平成九年一月一三日から平成一〇年二月二日まで(実通院日数一三日間)同科に通院し、整形外科に平成六年一一月一六日から平成九年一〇月二二日まで通院した(実通院日数二八日)。また、脳神経外科で加療中の平成七年七月二〇日と同月二七日に眼科を受診して、左外転神経不全麻痺の診断を受けた。平成一〇年五月一五日、武山明子医師により、右脳挫傷、外傷性動眼神経麻痺の後遺障害診断がなされ、その際、自覚症状としてめまい、ふらつき、目のぼやけ、左目瞼挙上不可能、複視、物忘れがあげられ、他覚症状及び検査結果として、脳挫傷後遺症(右前頭葉)によるめまい、ふらつき、起居動作障害(つえ又は手すりがなければ立ち上がれない、片足立ちは不可能)、左外傷性動眼神経麻痺による左眼瞼不垂、眼球運動障害、複像障害による全方向性の複視、両眼による視野が二分の一以上欠ける、左鎖骨骨折、左多発肋骨骨折による肩関節(可動域に制限あり)があげられている。

2 原告は、右通院にあたって、バスまたはタクシーを利用し、その費用は合計七六万四九四〇円である。

3 原告は、昭和一一年五月一日生まれの女性で、平成五年に夫の経営する株式会社丁原から、正社員として三二〇万円の給料・賞与を得ている。

4 原告は、平成一〇年三月一〇日、川崎南労働基準監督署から、労災の障害四級の障害補償年金・障害特別支給金・障害特別年金の支給決定を受け、年金一二〇万〇八〇〇円、定額特支金二六四万円の支給を受けることになった。但し、原告は一時金支給の申請をし、同年三月二三日、障害補償年金前払一時金として六二四万八六四〇円の支給決定を受けている。

六  以上によれば。原告主張の損害につき、まず、(1)通院交通費七六万四九四〇円、(2)入院雑費一二万八七〇〇円、(3)逸失利益一七〇三万四八六七円、(4)入通院慰謝料一九二万円、後遺症慰謝料一五五〇万円の合計三五三四万八五〇七円を相当と認めることができ、これに九割の過失相殺をすると、三五三万四八五〇円となる。

右金額から、原告が受給した障害補償年金前払一時金六二四万八六四〇円を損益相殺すると、二七一万三七八九円となる。原告は損益相殺されるべきでないと主張するが、障害保険年金については、社会保障的要素が認められるにしても、一方では、政府による求償権取得も認められており(労災法一二条の四)、損害賠償法理に基づくことも否定できず、損益相殺を認めるべきである。

そして、前記諸事情を総合考慮すれば、原告の弁護士費用のうち、被告が負担すべきは二八万円が相当である。

七  よって、原告の被告に対する請求のうち、二九九万三七八九円及びこれに対する平成六年七月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める部分については理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 古閑美津恵)

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